文字社会

江戸時代になり、子供たちが寺子屋で読み書きを学ぶことが当たり前になりました。

読み書きができないと不利益をこうむる、文字社会になってきたのです。

それは豊臣秀吉が行った刀狩に始まります。



       

刀狩令は兵農分離が目的

秀吉の刀狩令は、農民の武装解除を目指したものではなく、農民達から帯刀権を奪い、武器使用を規制するという
兵農分離を目的としたものでした

中世を通じて武器の所有は広く一般民衆にまで浸透していて、成人男性の帯刀は一般的で、近隣間の些細なトラブルでさえ
暴力によって解決することが少なからずありました。

秀吉の刀狩令は三ヶ条からなり

 一,諸国の百姓が刀や脇指,弓,槍,鉄砲,その他の武具をもつことを厳禁する。

 一,集めた刀と脇指は,無駄にするのではなく,今度,方広寺の大仏を建立するにあたっての釘やかすがいに使う。

    それゆえ,現世は言うまでもなく来世まで百姓は助かるだろう。

 一,百姓は農具だけを持ち,耕作に専念すれば,子々孫々まで安泰である。

という内容でしたので、農民達は完全に武装解除されてしまったように学校で習いましたが、実際は第2条の刀、脇差だけが
没収された、文字通りの刀狩りだったのです。

つまり、農民から帯刀件を奪い、武器使用を抑制し、農民と武士を見た目の上でも、実質でも区別するのが目的だったのです。



       

兵農分離がもたらしたもの その1

中世までは、武士も農村に住んでいましたので、直接に支配ができました。

しかし、江戸時代のように支配する者と支配される者が離れて住む兵農分離下では、上からの指示などは文字にして示すことが
必要になり行政が文書主義になりました。。

離れた村の農民を支配するのに、武士は明文化した法令や文字にした文書を使ったのです。

一方、農民二とっては字が読めないと、指示などを知ることができません。

また、逆に農民が陳情や訴えをしたくても、所定の形式に則った文書を提出しなければ受理してもらえません。

兵農分離が定着した幕藩政治下では、読み書き能力があることが前提の社会システム、文書主義の社会になったのです。



       

兵農分離がもたらしたもの その2

兵農分離下では、武士は農村に住んでいませんので、村の運営は村民自身で行う自治が営まれていました。

村役人は村人から選ばれた有力な村民が勤め、年貢を納めるのは村単位で責任を負う村請制でした。

各農家への年貢の割り当ては、土地台帳を基に行いますが、それには高度な書紀、数学の能力が村役人には必要でした。

年貢等の割り振りは一般の農民にとっては大変重要な問題ですが、もし村役人たちに不正があったとしても、識字や計算の能力が
無ければ見抜けません。

享保年間(18世紀前半)ころから、租税割付をめぐる村役人の不正を訴える「村方騒動」が増加してきますが、これは多くの人が
文字能力などを身に付けてきた表れなのでしょう。

また武士や領主などが集まって住む都市部は貨幣による消費社会です。

農民は都市の需要を満たす作物を作り、売るための都市型農業が始まり、農民も貨幣経済に関わることになりました。

このため農民も読み書きや計算能力なしでは生きて行けなくなりました。



読み書き教育が必要な時代に

上記のように江戸時代には、村や町を問わず一般の人々が文字学習を必要としました。

それを可能にしたのは、手習塾(寺子屋)と印刷出版の普及でした。











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